廃墟、公園
とても汚いけど、廃墟ではない。これでも現役で活躍中だ。
先々月あたりに別の場所で撮ったこれと同じ型の遊具の写真が手元にあるけれど、そこはここまで汚くない。こんなに錆びが出て遊ぶ子供は汚く思わないのかな、嫌がらないのかな、とわりと真剣に思ってる。
公園はそもそも汚いものだ。共同物である時点で、誰が使い誰が触ったかもわからない。自分が見ていないときは、誰が何をしているかわかったものではない。掃除だって誰かがしているわけではない。
きれい/汚いでものを見る人間ではないので、自分ではあまり気にならないが、気になる人は多いだろうと想像する。きれいにする、という行為は、「きれいなのが良い」という価値観にモノを染める行為だ。ときには、モノが経験した時間を否定し、排除する行為に近いこともある。「きれい」「新しい」は絶対的な正の指標ではないのだ。
公園の遊具が汚くて誰も遊びたがらない、なんてことになったまま放置しているのなら、それこそ遊具のアイデンティティを否定しているので、さっさと色を塗り直して欲しいものである。「新しい」と同様に「古い」が常に正となるわけでもない。
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etupirka
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