レタッチとは…

写真とは表現なので~、というTwitterで見かけた表現をむやみやたらに使うのがマイブームです。

オリジナルのTwitterでは「なので、レタッチはした方がよい」という風にフレーズは結ばれるのだけれど。

 

 

デジタルの写真は後でいくらでも直せるけれど、フィルムの頃に直せなかったことは、極力直さない方が良いのではないか、と思っている節があって、レタッチはしない。

フィルターをかけてみたり、トリミングしてみたり、シミやほくろやしわを消したり。

必要だったり、(表現として)楽しかったりするのだろうけれども、たとえばしわが写ってしまったり、髪の毛が顔に掛かったりしてしまったら、それはそれで、そのときの写真として見たらいいんじゃないかなぁ、と思う。

作品として一点の妥協もなくバリっと決めたい、完成させたい瞬間があるのなら、だからこそ、その場の雰囲気の中で、細部まで作り込めたら、それはすてきだなぁーなんて理想論で写真を撮って、結果的に写り込みが出たら、うーん、って唸ったりしながら、えいやっ、とそのまま出してみたり、こっそり直したり、直すときもフィルム表現の修正の域を超えないように意識してみたりして。

他の人がレタッチするのは、否定しない。レタッチしないのも、否定しない。

好きな写真を、好きに撮って好きに加工して、好きにアップするなり、好きに、自由に、勝手にやればよいのだと思う。

写真とは表現なので……

 


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